お客様に真摯に向き合い続ける保険会社営業 野村雄一郎さん

―ご出身、今のご職業を教えてください。

出身は、神奈川県藤沢市出身です。現在は、外資系の保険会社営業をしています。

 

―今のお仕事を選んだ理由を教えてください。

いくつか理由があります。
ひとつ目は、個人の裁量で仕事ができるところや成果が給料に直結するところなどが自分に合うと思ったからです。 保険や営業は、敬遠されがちな仕事ですが、母が保険会社で働いていて、お客様に感謝されていたところをみていたことや、前職の上司が入院して保険に助けられたという話をしていたので、保険の印象は悪くなかったですね。

あと、母方の祖母を亡くした時に保険金の一部をもらって、自分のことを思ってくれていた気持ちがとても嬉しかったんです。時空を超えた祖母からのプレゼントだと思っています。 時空を越える想いって素敵だし感動を与えるとこの時に気付きました。考えてみたら好きな映画とかも想いが時空を超えて届くものに感動を覚えてたなと。想いが強いから時空を越えるとも言えるかもですね。
お客様の想いが…とか臭い事言うつもりは無いですが、おこがましくも、気持ちを時空を越えて届ける事が出来る仕事だと思っています。

またこちらは父方の祖母なのですが、僕が中二の頃に脳梗塞で倒れ半身不随で介護状態となり、最初はうちや親戚の家で面倒見てたのですが認知症も発症して介護しきれなくなり、7-8年ほど入院や介護施設に居ました。
今では禁止されてますが入院中などはベットから落ちて骨折を2回ほどしてしまったので、お見舞いに行くとベットに縛られてたりという事も良くある事でした。
その後、僕がアメリカ留学中に亡くなったのですが、留学中殆ど何も出来ず、殆ど会わずで亡くなってしまったので、もっと会えば良かったと物凄く後悔しましたが、それでも祖母はまだ恵まれているのではと思いました。

それは、施設に入るまでは祖母の子供やその孫達が交代で面倒をみていたし、介護前半は公的介護保険が無かったのもあり、介護中の費用は2000万近くになってしまったのですが、それを皆でどうにか支払う事が出来たからです。

少子化が進む日本で子供も孫も少なくなって行けば、やはり介護の負担は一人一人に大きくのし掛かっていきます。親子介護、入院や施設に入れるお金が無いと仕事を辞めて面倒見なくてはかも知れません。
そうなると世代を超えた家族間で貧困のサイクルが始まってしまうのです。老老介護、認認介護など問題になって来てますが、それらを無くしていきたい、と言う気持ちもこの仕事にした理由の一つです。


―元々は海外の大学を卒業後、音楽をされていたんですよね。

最初は、高校卒業後に日本の大学の文学部教育学科に入学したいのですが、音楽やりたい、海外に行きたいと想いが強くなり、2年満了時に大学を辞めて、海外の大学に留学しました。
音楽専攻で入ったのですが音楽専攻だと卒業に5年掛かると言われたので、4年までは音楽専攻、そして4年生になった時に社会学に変更して社会学で卒業しました。
音楽メインだったのですが、社会学に変えて直ぐに9.11のテロが起き、丁度なぜ戦争や紛争が起きるのか、資本主義とは社会主義とは、的な事を勉強していたのでそれは自分にとってもおおきな出来事で、様々な価値観や世の中の見方が変わるきっかけになりました。

そんな事もあり、大学卒業後は、社会の底辺の方から経験しようと決めていたので、就活をせずに音楽をやりながら、フリーターとしてアイリッシュパブで働いていました。その後、派遣社員としてクレジットカード会社の銀行系カードの部署で2年間働きその後、ITのシステム会社で2年営業をした後に、今の仕事に就きました。

やりたい事は音楽だったので、ずっと音楽でプロを目指していたのですが、30歳までに芽が出なかったら諦めようと決めていたので、つらかったですが音楽の道は諦めました。


―現在の仕事のやりがいは何ですか。

保険に入るときに、お客様は保険が100%必要なのかどうか半信半疑で入られるんです。
ただ、何かあった時に、「保険に入っていてよかった」と言っていただくことが嬉しいですね。

例えば、今回のコロナ禍でキャッシュアウトしそうだったところで、保険で貯めておいたお金を使うことができたおかげで、会社が倒産しなかったこともありました。
また相続の問題を解決に導けた時も凄く感謝されますね。皆が想像する以上の様々な場面でお役に立てられるところがやりがいです。

ただ、多くの場合は実際何か起きた時、または老後を迎えた時にこそ、その恩恵を感じて頂ける設計なので、今は先程言った通り半信半疑な部分もあると思いますが、いつか、僕から入って良かったと少しでも思ってくれる時が来てくれたら嬉しいですし、そう言う設計をしてるつもりです。


―現在は活躍されていますが、入社当初はどうでしたか?

最初は、周りの人が保険の話を聞いてくれて一定の人は入ってくれましたが、話さえ聞いてくれない人も多かったです。 その後は、異業種交流会に参加したり、お医者さんに飛び込みをしたりしましたが、うまくいきませんでしたね。

これからどうしようと思っていたときに、近所の商店街に飛び込みをしてみたら、意外と話を聞いてくれて、成約につながったんです。それからコツをつかみはじめましたね。それでも最初の4-5年は中の上くらいの成績でした。

成果が大きく出始めたきっかけは、一つは会社の部署を超えて日本中の営業の方々、更には保険のみならず成功してる方々の話や勉強会に参加して、様々な人の考え方に触れたことです。

そして、もう一つは成約したお客様が解約してしまった苦い経験ですね。他の保険会社のコンサルタントから提案受けて、そちらの方が良いと、解約して乗り換えてしまった。それがとても悔しくて、どこの保険会社のどの商品にも負けない、お客様にとって一番良いプランを提供したいと思い、ありとあらゆる勉強をしました。

何度も試して考えて、論理立てて、それを裏打ちした設計と分かりやすいプレゼンテーションができるようになって、成績が上がり始めました。今では解約した方々にはそういった面で感謝してますけどね(笑)

現在は、相続の勉強をしています。相続には、保険、法律、税法、民法など様々な専門知識が必要なため、横串をさしてみることができる人が居ないんです。
弁護士、税理士、司法書士も各々の専門分野以外は詳しくない方が殆ど何ので、勉強してみようと思いました。
相続は、保険の仕事につながらないことも多々ありますが、やはりリアルタイムで感謝されるのが嬉しくて続けています。
また、法律は常に変わっていくので、これからも勉強して更に極めていきたいと思っています。


―お仕事の原動力は何ですか?

根本的には、負けず嫌いなところが大きいと思います。
誰よりも知識を持っていたい、一番の保険の設計をしたい、自分を選んでもらったからには特別なことを提供したい、と言う気持ちかなと思っています。


―趣味はありますか?

趣味は、ジョギング、野球、音楽鑑賞、カメラです。 カメラは15年くらいやっていて、結婚式や七五三の撮影から、学校のパンフレットなど、人から頼まれるくらいになったので副業のようになっています。

 


―今後DIGでやってみたいことは何ですか?

DIGは全国に拠点があるので、リアルなイベントを地方で開催して、地方の人に会いたいですね。コロナ禍で、改めてリアルの大切さや、リアルが好きだと気付いたんです。
仕事は東京だけでも完結しますが、それだけではおもしろくないので、地方の人の価値観や文化に触れることによって、生活や人間的にも豊かになれると思っています。

 

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